東京都世田谷区上北沢にあるプロテスタントのキリスト教会
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牧師室たより 教理一口メモ

5月15日 牧師室たより 教理一口メモ(32)

問90では、「では、十字架にかかられたかたは復活されたかた、復活されたかたは十字架にかかられたかたなのですね」と問います。答えは、「そうです。それは表裏一体になっていて、切り離せないのです」です。 主の復活があって十字架 …

5月8日 牧師室たより 教理一口メモ(31)

問89では、「イエスさまの十字架の死が、和解のみ業・罪のあがないの完成であることのあかしは何ですか」と問います。答えは、「イエスさまの復活です」です。 主イエスが十字架にかけられたとき弟子たちは十字架の主の御許から逃げ去 …

5月1日 牧師室たより 教理一口メモ(30)

問88では、「では、イエスさまが十字架にかけられて死なれたのは、罪人の仕業である以上に神さまの積極的な和解の行為であったといえるのですね」と問います。答えは、「そうです。神さまの救いの御意思によって、罪の極点が、和解と赦 …

4月10日 牧師室たより 教理一口メモ(29)

問87では、「和解のみ業が決定的になされたのは、どこですか」と問います。答は、「イエスさまの十字架の死です」です。 神は、御子の十字架をもって罪の贖いとして和解のみ業とされました。神は、和解(罪人の救い)のために御子を十 …

4月3日 牧師室たより 教理一口メモ(28)

問85では、「わたしたちは、神さまに対して、敵となっていたのでしょうか」と問います。答は、「そうです」です。 神を無視し、神なしで事を済ませている罪なる「人間はだれでもみんな、神さまに敵対し、神のお怒りを招いているのです …

3月27日 牧師室たより 教理一口メモ (27)

問83では「そうしたイエス・キリストのみ業は、一口でいえば何といえますか」と問います。答は、「和解」のみ業です。救いを神による人との和解として語っているのです。和言葉で言えば「和らぎ」です。神の救いを表す大切な言葉です。 …

3月20日 牧師室たより 教理一口メモ(26)

問80では、主イエスの果たされる使命について問います。主イエスは、「キリスト」としてその使命を果たされると応えています。 キリストとは、「油注がれた者」の意です。「油注ぎ」とは、聖別するということです。神に仕える者として …

3月13日 牧師室たより 教理一口メモ(25)

「まことの神にして、まことの人」(問69)とは、本来あり得ないことです。 無限なる神が、有限なる人となることはできないし、有限なる人が無限なる神になることもできません。それは不可能なことといえます。その不可能を可能とする …

3月6日 牧師室たより 教理一口メモ(24)

問74では、『まことの人』とは、どんな意味ですか」です。答えは、「神のみ子が完全に、本当の人間になられたということです。 マリアが月満ちて赤ちゃんを産み、布にくるみ飼い葉桶に寝かせる。それは、人間そのものとして神のみ子が …

2月27日 牧師室たより 教理一口メモ(23)

問69では、「イエス・キリストの人格の特色はなんですか」です。答えは、「まことの神にして、まことの人」です。 「まことの神」とは、主イエスが神の子なる方として、神と本質を同じくする神なる方であると言うことです。主イエス・ …

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